山東省農村の伝統的結婚式 2006.6.4
楊麗新さんの結婚式に出席して
かって我が職場で勤務した中国からの研修生・楊麗新さんも故郷の
山東省・莱蕪市郊外の農村町・羊里鎮村に帰郷して、一年余りが経過
した。この度、結婚の朗報が寄せられて、婚儀に出席の案内が寄せ
られた。
平成14年10 月 16日、いよいよその日がやってきた。
本来、中国山東省は"中国の中の中原"というべき土地柄であり、古来
中国文化の中心地であり、紀元前の春秋戦国時代には、世界思想の
巨星・孔子を育てた土地柄でもあり、又その周辺には、また全中国に
その名を知られた"泰山"は中国五大名山中の第一名山として有名な
存在である。
中原の文化と豊富な経済生産を養ってきた黄河は、その最下流を変て
ある時は山東半島の北・黄海に注ぎ、ある時は同半島の西・黄海に
注いできた。 この南北に流れを変える一帯の南岸に沿うのが、
この一帯である。
土地は肥沃で平坦、北京や東北工業地帯への生鮮食料の供給基地
として、中国第一の園芸農業地帯となっている。
農村も歴史は古く、伝統を重んじる風土は健在で、流石に孔子・儒教
発祥の地としての誇が漲っている。
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先ず式典は、明けきらぬ未明に始まる。花電車ならぬ"花車"数台を
連ねて花婿の家から車列は 花嫁の実家に向かう。この車は"花の輿"が
車に変化したもので、中国の伝統的“花嫁とり祝儀”の用具である。
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途中 道路の脇は広漠たる農地が広がり、朝霧に少し煙っているが、
全てニンニクの畑が広がっている。 日本向けの輸出作物であるという。
花嫁の実家では、嫁入り道具が客間に山と用意飾り立てられ、花嫁は
今や遅し と花婿一行の到来を待ち受けている。 到着の直前には花嫁
の門出を祝して、花嫁親族一同で記念写真に納まる。



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待つこと暫し、お迎えの花駕籠ならぬ花車の到着である。
新郎一行は花嫁方親戚一同に懇ろに儀礼を尽くし、嫁入り道具を車に
積み込み、最後に 新婦を新郎が抱き抱えて花車へ乗車させる。
この時、絶対に花嫁に土を踏ませないのが、新郎の礼儀と義務である。
かくて、花車は待ちに待った新郎の家への到着となる。
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家前の道路では村人が総出で出迎え、花嫁を祝福する。 新郎は花車
から花嫁を抱え下ろして、自宅の庭に用意された祭壇前の緋ジュウタン
上に下ろす。そこで“天地の神に対する祈祷” 儀式が始まる。但し神官
や祈祷師はない。結婚式の進行責任者(記念写真屋)が、新婚誓約の
言葉を二人に朗読させる。
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ここが婚礼最高潮の一瞬である。
参集の村人達は花吹雪を二人に振り撒き、門口や門前の道路では爆雷
もどきの花火や爆竹が轟き渡り、村中が喜び一色に包まれる。
式典の祭壇前では 式典の進行役(写真屋)の進行によって父系親族の
祝辞やこの縁談の功労者等数人の祝辞が披露される。
遠路の外国・日本からの賓客として“祝辞”を要請されたので、
予め入念に用意した漢語祝辞で応えることとした。d0001763_9112167.jpgd0001763_9131514.jpg
一方、祭壇前の儀式が終了するや、自宅の部屋数部屋や
近所の予約借り切りした食堂では、宴席が開始となる。会場は親戚、友人
近隣等によって区分されたものとなる。
新郎新婦はボトルを持って各会場を廻り、返礼の酌 を懇ろにする。この
光景は 日本のあの会場光景と全く同じ万国共通のものであった。
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広い円卓は約10人程の卓であり、伝統的山東料理が次々と
並べられる。豚腿肉の姿焼、鳥の姿造り、野菜炒め、肴の姿造り、等等
流石は北京料理の元祖たる“山東菜”の本場だけの貫禄である。
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この地は麦の大産地である。大穀倉地帯に相応しく、各地域に数々の
白酒(bai jiu)醸造工場があり、39度の焼酎を生産している。この地では
有名な名山・泰山に因んで“泰山”という銘柄の酒を愛飲していた。
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この日主宴会は正午過ぎに始まり、4時前まで続き、夕刻より更に夕食会
に移った。この席は主に両家の両親との懇談会となり、比較的静かな
雰囲気であった。しかし、そこは 何処も同じ酒席のこと、何処にでも酔漢
は在るもの、大人しい両家の両親に代わってオジサンという 口八丁
飲兵衛先生が、自己自慢に大花を開いていた、彼は工業高校の教師
だと声高に語っていた。
翌日も名残の食事会に招かれて、前後3日間の結婚披露会となった。
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新郎新婦の経営する建築会社の店構えであ。
居宅の内装と内装資材販売店を経営する新郎は若手ながら人柄温厚で
誠実そのものであり、事業上の信頼は厚く 業績も順風満帆であり、将来
この地域有力者として活躍が約束されていると察した結婚式であった。

この翌日、新郎新婦の運転する乗用車で、青島空港まで見送りを受て
途中では、中国田舎の極めて珍しい風物と、中国社会の激変の様子
とを 仔細に見聞しながら、3日間にわたる中国山東省莱蕪市郊外での
結婚式を無事終了して、楽しかった異国の珍しい結婚式の土産を沢山
持って帰還することとなった。

中国山東省は近代歴史の中、列強の植民地政策に じゅうりんされた
土地柄であるが、人々は中国の確固たる伝統と誇りを堅持しながら
近代化と改革を推進している。人情味に溢れる人々の厚意に直に触れ
る好機を得て、大いなる旅行の成果までもを 収穫することが出来た。

厚意に溢れる朋友諸氏の親切に感謝しながら、青島を飛び立ち海岸
線に広がる養殖漁業のイケスと 延々と広がる黄色の海“黄海”上空
を飛びながら、楊麗新・李濤夫妻の多幸を祈るだけであった。
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by tenpai8 | 2006-06-04 13:56 | 旅の想い出 | Comments(0)


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