釣りバカ日誌①
元々生地は熊本の内陸農村であり、海は高校まで全く見たこともない。
川でハヤ釣は中学までよく楽しんだものだ。
その後、東京で就職して仕事出張や職場旅行で海には接したが、海釣をした経験はない
40歳前に福岡に転勤して海が身近になり、色々の海を楽しむようになった。
そこで驚いた。この広い海に無限の数の魚が群がっている
経験してきた熊本の川とは、魚のケタが違うのだ。
先ずは近場港湾の防波堤での小アジ釣である。初夏に生まれた幼魚は月を追って成長し、秋の頃にはカラアゲ用に最適のサイズとなる。
博多湾の塔の下から「あさひ丸」という渡船に乗って、沖の一文字波止の突端・白灯台や向側の赤灯台にも通っては、アジのサビキ釣を子供も同伴しては大いに楽しんだ。秋には時折サバの飛入もあり、初心の釣には大満足であった
獲物もクーラー半分程になり、家に帰っては、その処理にオテアゲ、10時過ぎまで掛かり次第にこの釣からは足が遠のいた。
この西波止の西公園の近くでは、一晩の夜釣に、アナゴ釣をしたが、複数が絡み合ってダンゴになることが多く、数十匹が釣れて、毎日家ではアナゴ蒲焼丼が主食となった。
東京から転勤間もない子供には、ウナギ丼といって有り難がられたが、やがて飽きられてアナゴであることもバレてしまった。 という笑い話もあった。
次の釣り場は、糸島半島の東北端・西浦岬である。
西浦漁港から灯台手前まで通じる山林道があった。車がどうにか通行できる山道である。最後まで行くと何とかUターンが出来て、駐車も2-3台出来た。
ここから灯台を通り抜けて、灯台裏手のガケをロープを頼りに荒磯まで下った。
ここは蒙古山の海からの掛け上がりで、海峡の向こうは、玄界島の岩礁・机島、更には玄界島の裏手・柱島を眼前にする激流渦巻く博多湾の玄界灘開口部の荒々しい磯である。
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2-3人が釣れる釣り座があり、ここで初めてクロ釣りに遭遇した。
350g以上になるとクロは体側の中心が茶色になって、サシミが味と歯応えが本来のクロの味になる。
手の平クロと足の腹クロの中間サイズの生後2-3年のものである。
この磯で初めてこのクロをgetすることが出来た。
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春の主役ウミタナゴはオナカには稚魚が         初めてのバリは大物!          
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ウミタナゴの超大物
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同じクロつりの最中に、別格強引な大物が外道で時折釣れる様になった。バリである。
これがバリとの出会いである。

これから、釣り場は筑前大島が舞台となり、大きく展開することとなる。
続いては、釣の黄金期、壱岐、対馬、佐賀長崎の玄界灘真っ只中、絶海の弧礁へと絶頂期を迎えることとなる
但し、釣果には、大した躍進もないのが釣の真理なのであろうか?

更に我が磯釣の集成は、糸島・野北の無人島、コブ島のバリ釣で終息することとなった。

釣バカ日誌②に続く!!
 

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# by tenpai8 | 2017-05-20 20:30 | 磯釣日記 | Comments(2)
帰国姑娘との嬉しい再会
定年後縁あって2年間勤めた会社には、中国から来日した二十歳位の中国人青年研修生の女性が40人程働いていた。
彼女達の在任期間は3年間で、3年の到来と同時に故郷へ帰国して行った。
この様な縁があって、30人以上の姑娘達と仲良く交流を重ねることが出来た。
中国語学習の契機も、ものにすることが出来て、今では日常会話と読み書きも、何とかこなせるところまでになった。
帰国していった彼女たちとは、交流を続けてきているが、日時の経過と共に次第に人数は減少して、現在では3-4となっている。
現在、よく交流している人は、ヤハリ日本語学習意欲が抜群で、帰国後「日本語検定1級」に合格できた、学習力優秀な人である。
さて、4月20日のことである。
突然、見知らぬアドレスのメールが届いた。 相手不明のメールは、即削除としているが、どうやら中国姑娘達がよく使う発信者名であるので、開いてみた。
一番親しいチンタオ在住の陣燕華さんからであった。
22日に福岡に観光で来る。というものである。
帰国後に結婚写真まで届けてくれた親しい娘であるが、最近は時間経過等で、連絡も疎らになっていただけに、メールに目を通すまでは、マサカ??? と目を疑う程であった。
当日、早速 e-mail 更新を交わして、面会達成を入念に準備することとした。
私のメール
为你见面你来到天满宫的时间必要。
我知道时间的话,那个时间等着你。
在天满宫叁道的第一鸟居下。
大概的时间就可以,e-manl一下。
返信メール
我已到福冈,大约9点左右到太宰府
次の受信メール
好的,我们现在准备从大濠公园出发了

相手のバスの運行コースが不明で、天満宮への到着時刻が分らず四苦八苦困難を極めたが、ようやく合流の好運を得ることが出来た。
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久しぶり、十数年の時間ギャップも全く皆無、面会と同時に父娘の昔の仲を復旧、話も弾んで至福のひと時を楽しむことが出来た。年齢を確認するのを忘れたが、多分、34-5歳にはなっているだろうが、昔のままの明朗快活な娘である。
30分余りの時間であったろうが、天満宮の広大な駐車場には、大型バスが多分百数十台ひしめき合う一角で、中国語と日本語での会話を存分に楽しむことが出来た。
クルーズツワーの観光なので、時間厳守ということで、バスまで送り手を振り合ってバイバイの別れを交わした。
何年隔たっても、国が異なっても、心底から信頼しあった人間の仲は、変わることなく人の心を嬉しく暖め続けるものだ、と幸せイッパイの一日であった。
その夜には、今日の写真をメール添付で届け、早速嬉しかった感謝の返事も届いて、

一直没看到邮件,我是24号回青岛的,然后接着公司开了几天的会议,今天总算轻松一点了,首先带我老公和孩子谢谢你的礼物,还有您发给我的照片我现在都没有了,谢谢您还给我保存着,很是惊喜,能再次见到您,真的是件很高兴的事情,看到您的身体还是那么的硬朗,真的很替您高兴,以后经常联系,祝您和家人身体健康,天天开心!


一件は一応の終息となったが、これを機に、中文メールは加速して海を飛び交うことになり、日中草の根交流の一助となることであろう。
そのように信じたいものである。

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# by tenpai8 | 2017-05-09 15:30 | 中国交友 | Comments(2)
Walking実績<2017.4月>
日本2周目Walkも2ヶ月を終った。
急ぐ旅でもないので、ユックリと山路を楽しむこととした。
4月は農作業の最多忙月である。冬野菜の収穫が終った跡を耕して、夏作の植床を作り、夏野菜の苗の買付けから、植付までである。
気候も菜種前線が停滞するので、長雨と雨天が特に多い月である。
特に今年は雨天が多く、作業に不便な4月であった。
よって、Walkも大分心配したが、下旬になって天気も安定してきたので、120kmは達成できた。
2周目の四国も、明石から出発したが、高知に到達することが出来て、ほぼ満足である。
                高知を過ぎての長閑な旅
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2周目に入って1ランク減速したようであるが、これ位で満足するのが、ホドホドであろうか。
故障の発生を日常から入念にチェックしながら、新しい生活リズムを構築したいものである


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# by tenpai8 | 2017-05-01 14:30 | 体育運動 | Comments(2)
英彦山の花に遊ぶ
福岡に定住して以来、各地の有名観光地は楽しんできたが、英彦山だけは話しに聞くだけで、未だに観光したことがなかった。
この回、近隣の「歩こう会」でバス観光が企画され、これは好機だと参加することとした。
時は丁度シャクナゲの時期でもあり、大いに期待して、日帰りの観光を楽しんだ。
英彦山は日本三大修験霊山だいうことであり、その規模の大きさにも認識を新たにした。
標高も500m以上の高地であり、植生も豊かで、ヤマザクラ、カエデ、等等の新鮮さは格別であった。
ヤマザクラは、高地では今が満開期で、花後の木は薄紅の葉が山肌を覆って、霊山にふさわしい景色を展開していた。

           今が満開の英彦山の花花
ミツマタと神社               ミツバツツジ

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d0001763_09193645.jpg d0001763_09202824.jpgd0001763_09222151.jpgd0001763_09212774.jpgd0001763_09210015.jpgシャクナゲは満開前ではあるが、かえって花が新鮮で、高山の清清しさを醸成していた。山全体がヤマザクラとカエデが多く自生しており、新緑の美しさは未経験の素晴らしいものであった。
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# by tenpai8 | 2017-04-26 10:30 | 旅の想い出 | Comments(2)
今年も山は孟宗竹タケノコの床
今年も小学校の新一年生が、真黄色のランドセル・カバーをピカピカに光らせて、桜の花の下を登校する頃となった。
我が小学校入学の時もソウであった様に、この入学式には、毎年決って裏の孟宗竹林に大きなタケノコが、笹落葉を持上げて薄黄色の尖った天辺を地上にのぞかせて来た。
早速、専用の鍬を持出して、入念に掘り出した。この味と香の新鮮さは、今だに鮮烈に残っている

昨日は一日中土砂降りで春には希な降水量であった。
今日は午後から山路散歩を思い立ち、何時ものペースで新緑を存分に楽しんでいた。渓流が孟宗竹林を分断する竹林地面を眺めながら進むと、ナント・・・
特大のタケノコが沢山頭を出しているではないか!
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息をもつかずに我家へ引き返り、専用のクワを持って車で竹林へ。出てるわ出てるわ! 
昨日の大雨がタケノコを呼び起こしたようだ。しかも、今日はまだ雨の後でもあり、誰も人が山路に入っていないようだ。
あっと言う間に10個を掘り採っては帰宅。
近隣のタケノコ大好きの知人達にオスソワケ。
鮮度が生命のタケノコのこと、皆さんに喜ばれることシキリ! 早速調理して、
酢味噌と庭のサンショウを添えての晩酌は最高の季節料理であった。

大小10個の収穫は生き生きとドロ着き
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             野生サクラソウも今が満開!
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# by tenpai8 | 2017-04-18 21:00 | 自然探訪日記 | Comments(0)
2017夏作作付け計画(1)
今年は春が遅く、約10日遅れの桜が、ようやく見頃を迎えている。
畑も同じく冬野菜の期間が長くなり、ようやく冬野菜が終わって、秋播き野菜のスナップとソラマメが元気よく開花の最盛期を迎えている。
殆どの区画は既に収穫を終了しており、空き区画は総て起耕して、雨による固化と雑草発生防止のため、マルチで覆い次の作付けを待っている

              現在の菜園の全景
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           2017夏作作付計画拡大全景   ←  クリック大画面へ

           2017夏野菜 仕事始め(動画)  ←   クリック動画へ

昨年の成果から判断して、今年の作付重点は、次の様に考えている。
① 大玉トマトは麗夏
② ピーマンは京波
③ キューリはナツスズミ
④ スイカはマダーボール
⑤ トマト中玉は桃太郎  
⑥ フルーツトマトはサントリーの黄色フルーツ
⑦ ナスは中長と長種
昨年はトマトの栽培ポイントを習得できて絶好の収穫を得たので、今年も更に発展させたいものである。
また、ピーマンもナスも品質最高の収穫を得たので、今年も夏場の健康増進に向けて、これまた躍進をしたいものである。
基幹作物以外は、順次空き畝を待って適時に作付ける事としたい。
トマト、ナス、ピーマン、は「多目に作付」けして、収穫を楽しみたい。
     作付け区画別作付計画は下図のとおり<面積は約90坪>
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# by tenpai8 | 2017-04-06 11:30 | キハチの菜園 | Comments(2)
Walking実績<2017.3月末>

いよいよ、今月は日本一週Walkは第二周目のスダートである。
2周目は、明石からスタート、四国を一周して、山陽道を西進して、関門海峡から九州へ上陸。
九州を一周して、博多へ帰還するまでを第一段階の目標としよう。
その先のことは、又途中の道すがら考えて決めることにしようか。
ゴールも達成したことでもあり、2周目からは、少しオオラカに歩を進めよう。
月間100-130km位で、ノルマを掛けず楽しむこととしようか。
               四国も太平洋岸に到達である
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表が横長になり、ページに納まらないので2011と2012年はカットした。
2017.3月は気楽に山路散歩を楽しんだが、雨や用件も多く、134kmの結果となった。
こんなところが、「無理なく気楽に」ということであろうか。
          日本第2周目・第一月の実績    
         

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# by tenpai8 | 2017-04-02 10:30 | 体育運動 | Comments(2)
椿接木品種更新5年の結果<2017.3.20>
宅地造成後間もない不毛の庭に居住して、若年からの夢であった庭園芸を始めてから、やがて40年。
夢に見ていた果物の苗を植付け、収穫の夢が実現するや、大木に育った枝に別の品種を接木して楽しむことが、大きな道楽になった。
果物に続いて、種々花木の植付である。
花木では、最初は八重咲き椿の派手さに惹かれたが、直ぐにアキが来てしまった。
その頃は体力最充実の年代で、よく近隣の山に登山に出掛けた。
その山々では、ヤブツバキの見事な株に出会うことがあり、早速小枝を頂いて来ては、挿し木や接木の接ぎ穂とした。
接木の台木は、花も見飽きた八重椿と山茶花であった。
ほぼ10年前までのことであるが、接木の技術は園芸専門家の特技だと思っていたが、我流で実施すると、何れの木も難なく成功して、6-7割の成功率となることを知った。
こんな時、近隣の老婦人から「玉之浦椿の剪定枝」を貰い受けて、挿し木と接木を実施した。
4-5年前のことである。今では台木と同じ大きさに成長して、花も着けて春の切花の主役となっている。
           玉之浦第一号接木の現在
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接木実施以来、既に5年以上となり、台木と穂木は完全に一体化して、今年は花も多く咲き、切花として活躍している。
玉之浦は切花としての寿命が長く、蕾からの開花力も抜群である。
また、玉之浦椿の接木は、毎年沢山実施したので、これ等の現状をスライドショウにして、年々の経過状況を、詳しく画像で記録することとしたい



椿接木5年の成果総括 ← クリック 


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# by tenpai8 | 2017-03-18 14:30 | | Comments(2)
2017太宰府天満宮梅たより
2017.3.10、好天に誘われて、今年もまた、近くの太宰府天満宮の観梅に出掛けてみた。
駐車場は大型観光バスの大集団で、参道はアジア諸国からの観光客の大声の言葉が賑やかに飛び交っていた。
観光ガイドの言葉は、大体が韓国、中国が多く聞かれ、識別の出来ない言葉も多くなって来たようである。

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花は早咲は殆どが過ぎて、遅咲の紅梅が最盛期を迎えており、見事な梅花を十二分に堪能でき、大満足の一日であった。
梅の香あふれる神域を訪ねて、春イッパイの太宰府天満宮の余韻を
温存するべく、動画にまとめることとした。d0001763_11355167.jpgd0001763_11434963.jpg
 

 









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2017.太宰府天満宮。梅たより   ← クリック

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# by tenpai8 | 2017-03-10 14:30 | | Comments(2)
バーチャル日本一周Walk完歩(詳報)

                  

人生はハズミの様に発生する偶然の積重ねの連続である。

我がマラソンは職業上の過飲から健康を守るため、32歳時にジョギングとして始まった。

そして、心臓疾患によってマラソンを止めた時、友人から日本一周Walkの事を聞き、即座に開始したのが「バーチャル日本一周Walkなのである。

丁度定年退職後、職場OB同僚で立ち上げた「パソコンクラブ」の飲み会での出来事であった。

この無料ソフトは列島全国約9000kmを一周する壮大なWalkである。

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博多を201113日に出発。

当初は歩数計が不正確である等の儘ならぬ事情もあり、日常の歩数は計測外として、山路散歩だけを計測対象として開始した。

その結果20112012年の2年間は毎月百キロにも届かない月が多くなった。

そこで、安い万歩計から格上して、正確度向上と週間記録可能計器に変更することとした。

この結果2013年からは、大体月間百キロ以上の正確な記録が出来るようになった。

毎日のWalkは、谷川の清流を聞きながら、快適そのものである。

コースでは、時には珍しい小鳥を眺め、囀りを楽しみ、野の花の年中絶えない別天地でもある。 
思い付いては、駄句雑句メモを取り出しては、ツレヅレのメモ。

30年近くこのルートを歩いていると、昔よく出会っては拶をした老人も、何時しか姿を消して次の若い人々と交代してきた。

「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」、流れゆく時間と、我が流れゆく人生の流れる様をヒシヒシと感じるようになってきた。

これが80歳の感慨であろうか?

とは言え、娑婆在命中は堂々と全力傾注で娑婆を満喫しなければならないのだ!

 さて、ここで6年間の旅路を少し振り返って見ようか?

 兵庫県・香住は最初の500km地点、更に日本海を上って、富山から安曇野を経て長野へ。

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この地点が約1000km地点。就職当初、長野県の上・下伊那地方や安曇野産の豚を毎月2千頭近くも、東京立川で食肉として売り捌いた 当時が懐かしくなってきた。

新潟を過ぎて村上へ。この地方の豚は餌か水が原因でシマリが悪く、不人気に泣かされた。

長い長い日本海岸を上り切って、いよいよ津軽から北海道・渡島半島へ上陸すると2000km地点、北海道・江差である。                              

北海道は人口密度も希薄なだけに駅と駅の区間距離が長く、なかなか次の駅に着かないので退屈でたまらない。

やはり、人生は短期目標を明確に持ち、その達成感を歓びながら、長期の大目標へ結びつけて大願成就を果たす。
と言うのが人生の鉄則だろう!!

北海道の旅は、懐かしい所ではあるが、2000km余の 丸一年間の退屈なマノビの旅でもあった。

長々と歩き続けた退屈な北海道も、いよいよ20145月、花咲く函館を最後に津軽海峡から、青森のマグロ基地港・大間へ渡り、東北の旅が始まった。

昭和314、まだ函館港には、船腹を上にして転覆した「洞爺丸」が、痛々しい姿を波間にさらしていたし、以来10余回渡海した青函連絡船の旅が懐かしかった。
いよいよ本州への再上陸である。

かって、農協牛乳を首都圏で発売した昭和47年頃、東京への生乳供給の大産地として、陸奥酪農団地へは、原料生乳集乳交渉のため、数回訪れたものである。

やがて、この酪農団地も原子力施設の計画とともに、衰退したと聞き及んでいる。

関東の旅の道程は、格別複雑に出入りしており、地図上でさえ理解出来ないようである。

茨城県の日立、水戸から、栃木の宇都宮へ、更に下って群馬の中心部 前橋、高崎、更に埼玉を貫通し千葉県へ南下し、 ここで、ようやく海岸線に達する。

以後は慣れ親しんだ湘南の海岸線を南下して、新春大学駅伝コースを辿り、箱根に至る。

箱根を越えて峠を下れば沼津であるが、これからコースは富士、山梨・甲府へと向かい、再びバックして太平洋へ出て、東海道を西に下り、静岡、豊橋から岐阜、関が原を経て、京都から伊勢湾へ向かう。
誠に複雑な歴史探訪のコースである。

ここから紀伊半島を一周して和歌山、大阪を経て明石海峡から鳴門大橋を一跨ぎ、鳴門からいよいよ、四国八十八お遍路コースをヒタ歩きして四国を一周。

坂出から連絡橋で再び本州・岡山へ。

これより始まる山陽道は瀬戸内の一本道、西に向かって九州へ。

この地方も新幹線で通り抜けるだけのベルト地帯ではある。
50歳の頃、高松で仕事上の
大酒を飲み、連絡線で児島に着いたが、
以後は記憶なしで我家・宝塚に帰宅できた奇跡は、今だにヒヤアセで全身が凍りつく。

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時は桜花満開の候、岡山・後楽園で殿様の酒を味わい、倉敷の情緒をも五感に刻み、西へ向かっての瀬戸内の旅となり、急ぐゴールが更に歩足を鞭打ち、アット言う間に関門海峡。

関門トンネルを抜けるとスグに小倉。
ここで南に向かい大分県方向へ。

大分から宮崎のへの距離も、歩いて見ると大いに遠く、この日豊新幹線と高速道路が如何に重要であるか、身にしみて理解できた。

都城から西進して鹿児島、川内へ。 
更に方向転換して北上し、水俣、八代へ。

熊本を過ぎれば、阿蘇五岳を仰ぎながら北上、熊本⇒山鹿は我が産湯の故郷。
先の大震災に塗炭の苦しみの中にある。早い復興建設が進むことだけを祈念しての通過である。

お馴染みの熊本から福岡への3号線を北上し、久留米から有明海沿岸を長崎へ、引き返して大村湾から佐賀へ。
いよいよ、最終コースは鳥栖から二日市。
2月22日に二日市で我家に一泊。最後のエネルギー補給で博多まで。
2月24日に万歳の大声の中、博多にゴール!!!


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6年間余・日本一周9000km・Walk、いよいよフィナーレ、

サア! サア! 共に歌おう 歓喜のアノ歌! フロイデ、Fleude!! 

        日本一周Walk完歩・歓喜のコノ歌ヲ!!!

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# by tenpai8 | 2017-02-25 15:30 | 体育運動 | Comments(2)